数字になる前の異変を見る

業績悪化の兆候というと、多くの経営者は売上高や利益、預金残高といった数字を思い浮かべます。
もちろん、経営数字を定期的に確認することは重要です。売上や粗利益、固定費、資金繰りを毎月追いかけていれば、会社の変化を早く把握できます。
しかし、実際の会社では、数字が悪化するより先に現場が変わることがあります。
これまでほとんどなかった値引きの相談が増える。顧客からの修正要求が多くなる。短納期の依頼が続く。以前なら問題なく終わっていた仕事で手戻りが発生する。特定の社員だけが残業を続けている。仕入先から条件変更を求められる。
それぞれ単独では、経営危機と呼ぶほどの問題ではありません。
現場では毎日のようにさまざまなことが起こりますから、一時的な変化であることも多いでしょう。
しかし、こうした小さな変化が継続したり、複数の場所で同時に起きたりしている場合には注意が必要です。
それらは、数か月後に売上減少、粗利益率低下、人件費増加、顧客離れといった数字になって現れる可能性があります。
経営管理というと、試算表や資金繰り表を確認する仕事だと思われがちですが、それだけではありません。
数字になる前の変化を拾い、「なぜ最近こうなっているのか」を考えることも重要な経営管理です。
今回は、日常の仕事の中に現れる業績悪化の小さな兆候について考えます。
目次
■ 顧客の言葉を見る
最も早く変化が現れやすいのは、顧客との会話です。
顧客は、ある日突然取引をやめるとは限りません。多くの場合、その前に何らかの変化があります。
これまでは価格についてほとんど言われなかったのに、最近は見積提出のたびに値下げを求められるようになった。他社価格との比較を持ち出されることが増えた。以前ならすぐに決まっていた案件について、社内検討に時間がかかるようになった。
こうした変化には理由があります。
顧客自身の業績が悪化して経費管理が厳しくなっているのかもしれません。競合他社が低価格で営業している可能性もあります。あるいは、自社の商品やサービスに対する評価そのものが下がっている場合もあります。
重要なのは、顧客の言葉をその場の交渉として処理して終わらせないことです。
営業担当者から「最近、価格の話が増えている」という報告があれば、その背景を確認します。特定の顧客だけなのか、複数の顧客で同じ傾向が出ているのかによって意味は大きく変わります。
顧客との会話は、決算書より早く市場の変化を教えてくれる、何より重要な情報です。
■ 修正回数を見る
サービス業や制作業では、修正ややり直しの増加に注意が必要です。
売上金額が変わっていなくても、同じ仕事を完了するために以前より多くの時間が必要になれば、採算は悪化します。
例えば、以前は2回の確認で納品できていた仕事が、最近は4回、5回と修正を繰り返すようになったとします。
請求金額が同じであれば、売上高には何も変化がありません。
しかし、担当者の作業時間は増えています。管理職の確認時間も増え、場合によっては外注費や残業代も発生します。
粗利益率の低下として数字に表れるころには、こうした状態が何か月も続いている可能性があります。
原因は顧客側だけとは限りません。
担当者の経験不足、情報共有不足、受注時の要件確認不足、作業手順の変化など、社内側に問題がある場合もあります。
「最近この仕事は手間がかかる」という現場の言葉を聞いたときには、それを感覚だけで終わらせず、以前と何が変わったのかを確認する必要があります。
■ 特急対応を見る
緊急対応や短納期対応が増えている会社も注意が必要です。
多少の急ぎ仕事は、どの会社にもあります。
しかし、「今日中に対応してほしい」「本来の納期より早くしてほしい」といった仕事が常態化すると、会社全体の生産性を下げる原因になります。
予定していた仕事を止めて緊急案件へ対応すれば、別の仕事が遅れます。その遅れを取り戻すために残業が発生し、場合によっては外注も必要になります。
さらに、急ぎ仕事ほど確認が不足しやすく、ミスや手戻りが発生する可能性も高くなります。
それにもかかわらず、追加料金を請求していなければ、会社だけが負担を抱えることになります。
特急対応の増加は、顧客との取引条件が崩れ始めているサインかもしれません。
以前は断れていた依頼を断れなくなっているのか、営業担当者が顧客維持のために無理な条件を受けているのか、そもそも社内の仕事量に余裕がなくなっているのか。
短納期の仕事そのものではなく、「なぜそれが増えているのか」を見る必要があります。
■ 残業の偏りを見る
残業時間も、会社の状態を知る重要な情報です。
単純に残業が増えたかどうかだけではありません。
どの部署で増えているのか、誰に集中しているのか、どの仕事によって発生しているのかを見る必要があります。
例えば、会社全体の残業時間は前年とほとんど変わっていなくても、特定部署だけ2倍になっている場合があります。
別の部署では業務量が減っている一方で、一部の部署だけが過重な状態になっているのであれば、人員配置が現在の仕事量に合っていない可能性があります。
また、特定の社員だけが継続して長時間働いている場合、その社員しか処理できない仕事が増えていることも考えられます。
属人化が進めば、その社員が休職や退職をしたときに事業への影響が大きくなります。
残業時間は、人件費を見るためだけの数字ではありません。
業務量の偏り、仕事の複雑化、属人化といった組織上の問題を早く知るためにも使います。
■ ミスの増加を見る
業績悪化の前には、品質面で小さな問題が増えることもあります。
納品物の間違い、請求ミス、顧客への連絡漏れ、発注間違いなどです。
1件だけなら単純な人的ミスかもしれません。
しかし、以前より明らかに増えているのであれば、個人の注意力だけの問題として処理しない方がよいでしょう。
仕事量が増えすぎているのかもしれません。人員減少によって確認工程が省略されている可能性もあります。経験者が退職し、十分な引き継ぎができていない場合もあります。
また、業績悪化を恐れて人員補充を止めた結果、残った社員へ仕事が集中し、その結果としてミスが増えていることもあります。
品質問題が増えれば、やがて顧客からのクレームや取引縮小につながります。
その段階になってから営業部門が対応しても、信頼回復には時間がかかります。
ミスは、発生した案件を処理して終わらせるのではなく、一定期間で件数や原因を振り返ることが重要です。
■ クレームを見る
クレームは、件数だけを見るのでは十分ではありません。
重要なのは内容の変化です。
例えば、以前は納期についての問い合わせが中心だったのに、最近は品質への不満が増えている場合があります。
あるいは、同じ顧客から繰り返し似た指摘を受けていることもあります。
こうした状態は、会社が問題を個別処理しているだけで、根本原因を改善できていない可能性があります。
クレームは会社にとって歓迎できるものではありませんが、顧客から得られる重要な経営情報でもあります。
何に不満を感じているのか、以前と要求水準が変わっていないか、自社のサービスレベルが下がっていないかを知ることができます。
顧客が不満を必ず伝えてくれるとは限りません。
何も言わずに取引量を減らし、他社へ移る顧客もいます。
その意味では、クレームが発生している段階には、まだ改善の機会があります。
個々のクレーム処理だけで終わらず、月次や四半期ごとに内容を整理することで、業績悪化につながる変化を早く捉えることができます。
■ 仕入先の変化を見る
業績悪化の兆候は、顧客側だけから来るとは限りません。
仕入先や外注先との関係にも変化が現れます。
仕入価格が以前より頻繁に改定されるようになった、納期が長くなった、支払条件の変更を求められた、最低発注量が引き上げられたといった変化です。
こうした条件変更は、そのまま自社の原価や資金繰りに影響します。
特に注意したいのは、担当者が個別に対応してしまい、経営者が変化を把握していない場合です。
1社あたりの値上げ幅は小さくても、複数の仕入先や外注先で同時に値上げが発生すれば、会社全体の原価は大きく上昇します。
また、仕入先の業績悪化によって供給が不安定になることもあります。
納期遅延が増えている、担当者が頻繁に変わる、支払条件を急に厳しくしてきたといった場合には、取引先側の事情も確認した方がよいでしょう。
自社の経営状態だけを見ていれば十分というわけではありません。
事業を支えている取引先の変化も、経営者が把握すべき情報です。
■ 例外対応を見る
会社の業務には、必ず例外があります。
通常とは異なる契約、特別な値引き、顧客ごとの独自仕様、個別の請求方法などです。
問題は、その例外が増えていくことです。
顧客獲得のために特別対応を認め、その後も継続する。別の顧客から同様の要求があり、さらに例外が増える。その結果、社内では顧客ごとに違う手順で仕事をしなければならなくなります。
例外が増えるほど、業務は複雑になります。
担当者しか分からない処理が増え、確認作業も多くなります。ミスも発生しやすくなり、新しく入った社員が仕事を覚えるまでにも時間がかかります。
ところが、例外対応によって増えた負担は、会計上の経費として直接見えないことが多くあります。
会社は同じ売上を得るために、以前より多くの労働時間を使うようになります。
例外対応が増えていると感じたら、「顧客サービスだから仕方がない」で終わらせず、その対応が本当に必要なのか、価格へ反映できないかを考える必要があります。
■ 会議の内容を見る
会議で話される内容も、会社の変化を知る材料になります。
例えば、以前は新しい顧客や商品についての話が多かった会議が、最近はクレーム対応、納期調整、人員不足といった問題処理ばかりになっている場合があります。
会議時間そのものは変わっていなくても、その中身が「将来を考える時間」から「目の前の問題を処理する時間」へ変わっているのであれば、組織に余裕がなくなっている可能性があります。
経営者自身についても同じです。
本来であれば顧客開拓や事業計画、人材育成について考える時間を持つべきところ、日々のトラブル対応や承認作業に多くの時間を取られている。
この状態が長く続けば、将来への対応が遅れます。
忙しいことと、会社が順調であることは同じではありません。
経営者や管理職が何に時間を使っているのかを見ることも、会社の状態を知る方法の1つです。
■ 報告の変化を見る
経営者へ上がってくる報告の質にも注意したいところです。
以前は担当者から具体的な数字や原因まで報告されていたのに、最近は「厳しいです」「少し遅れています」「何とかします」といった抽象的な報告が増えていないでしょうか。
問題が複雑になり、現場自身も原因を整理できなくなると、報告が曖昧になることがあります。
また、経営者が悪い報告に強く反応する会社では、担当者が問題を小さく見せようとするようになります。
結果として、経営者へ届く情報が遅くなります。
業績悪化を早く察知するためには、良い情報よりも悪い情報が早く上がってくる状態が必要です。
報告を受けた際には、誰が悪いのかを最初に問うのではなく、何が起きているのか、どの程度の影響があるのか、いつから起きているのかを確認します。
問題を報告したこと自体が不利益にならない組織でなければ、早期発見は難しくなります。
■ 定期的に現場を見る
経営者がすべての現場業務を細かく確認する必要はありません。
むしろ、社長が何でも直接確認する会社では、管理職が育たず、経営者自身の時間も失われます。
しかし、経営者が現場から完全に離れてしまうことにも問題があります。
数字には出ていない変化を知るためには、定期的に現場の話を聞く必要があります。
月に1回でも構いません。
管理職や担当者に、最近仕事の進め方で変わったことはないか、時間がかかるようになった業務はないか、顧客から以前と違う要求は出ていないかと聞きます。
重要なのは、「何か問題はありますか」とだけ聞かないことです。
問題という言葉を使うと、担当者は重大なものだけを考えます。
業績悪化の兆候として知りたいのは、まだ問題とは呼べない小さな変化です。
経営者が拾うべきなのは、「最近少し違う」という情報です。
■ 違和感を記録する
小さな変化は、記録しなければ忘れてしまいます。
今月は値引き相談が少し多かった、ある顧客からの発注間隔が長くなった、ある部署で残業が増えた、といったことは、その時点では大きな問題に感じないためです。
しかし、3か月後に振り返ると、すべて同じ時期から始まっていたということがあります。
そこで、経営会議や月次確認の際に「今月気になったこと」を簡単に残しておく方法があります。
大げさな資料を作る必要はありません。
事実と、それを気にした理由を数行記録しておくだけでも十分です。
翌月に同じことが続いていれば、もう少し詳しく調べます。改善していれば、一時的な問題だったと判断できます。
経営者の感覚は重要です。
しかし、感覚は時間が経つと曖昧になります。
違和感を記録し、後から数字と照らし合わせることで、経営者の経験を経営管理に活かしやすくなります。
■ 畔の見方
業績が悪化している会社を診断すると、決算書に表れた問題だけではなく、その前にさまざまな変化が起きていたことがあります。
特定顧客への対応時間が増えていた、管理職が現場対応に追われていた、修正ややり直しが増えていた、残業が一部の社員へ偏っていた。それぞれ単独では、重大な経営問題とは考えられていなかったかもしれません。
しかし、それらを数字と組み合わせて見ると、会社の状態が違って見えることがあります。
粗利益率が低下しているのであれば、値引きだけでなく、追加作業や手戻りが増えていないかを確認します。人件費が上昇しているのであれば、単なる給与水準の変化だけでなく、労働時間や業務量の偏りまで見ます。
重要なのは、「数字が悪い」という結果で終わらせないことです。
その数字を生み出している仕事の中で、何が変わったのかを確認する必要があります。
そのためには、会計資料だけでは足りません。
顧客の声、社員の仕事、労働時間、クレーム、修正、例外対応といった現場情報を数字と結びつけます。
数字と現場の両方を見ることで、会社の変化をより早く、より具体的に把握できるようになります。
業績悪化の兆候は、必ずしも試算表から始まるわけではありません。
顧客からの要求が少し変わる。修正作業が増える。特急対応が当たり前になる。残業が一部の社員へ集中する。クレームやミスが少しずつ増える。
こうした変化が先に起き、その積み重ねが数か月後の粗利益や人件費、売上高に現れることがあります。
だからこそ、経営者は数字を見るだけではなく、数字になる前の現場も見る必要があります。
ただし、すべての小さな問題に社長自身が介入する必要はありません。
必要なのは、変化を拾い、それが一時的なものなのか、継続しているものなのかを確認することです。
同じ変化が続いているのであれば、理由を調べる。
複数の場所で似た変化が起きているのであれば、会社全体の問題として考える。
そして、その後に数字がどう動いているかを確認する。
この習慣があれば、決算書で大きな悪化を確認するより前に、会社の異変へ気づける可能性が高くなります。
経営管理とは、数字だけを管理することではありません。
会社の中で起きている変化を捉え、それが将来の利益や資金にどう影響するのかを考えることです。
数字になってから問題を見るのではなく、数字になる前の小さな異変を拾うこと。
それが、業績悪化を早く察知するために、経営者が日常の中で持っておきたいもう1つの習慣です。
この記事を書いた人

社会保険労務士 / 中小企業診断士
谷中 憲
(たになか あきら)
中小企業にて経営企画部門と総務部門のマネージャーとして組織運営の最前線で実務経験を積む。その後、社会保険労務士および中小企業診断士の資格を取得し、経営・人事・広報の専門知識を体系的に習得。現在は経営・人事オフィス畔を設立し、中小企業の経営課題解決に取り組んでいる。企業の内側に入り込み、現場の実績を深く理解した上で、実務的で実現可能な解決策を提案することを信条としている。
