経営に余白を残す、ということの重要性

会社の経営状態が悪化したとき、最も大きな問題になるのは、赤字そのものではないことがあります。
本当に厳しいのは、「経営者が選べる手段がなくなる」ことです。
売上を回復させたいが、営業投資に使える資金がない。人員配置を見直したいが、退職者が相次ぎ、今の仕事を回すだけで精一杯になっている。金融機関へ相談したいが、すでに資金繰りが逼迫し、時間をかけて条件を比較する余裕がない。
こうなると、経営者は「最も良い方法」を選ぶことができません。
今すぐ実行できる方法、目の前の支払いを乗り切る方法、短期間で効果が出る方法を優先せざるを得なくなります。
本来なら時間をかけて縮小すべき事業を急いで閉じる。自然減や配置転換で調整できた人員を、短期間で見直さなければならなくなる。十分な交渉ができないまま資産を売却する。
経営状態が悪化するほど、会社が負担する犠牲は大きくなります。
だからこそ、経営管理は問題が起きた後の対応だけでは不十分です。
会社にまだ余裕がある段階から、「もし条件が悪くなったら、どこまで耐えられるのか」「どの段階で何を変えるのか」を決めておく必要があります。
現在は、原材料価格やエネルギーコスト、人件費、金利など、企業側だけではコントロールできない要因が経営へ影響しやすい環境です。
こうした状況では、経営環境が良くなることを期待するだけではなく、多少状況が悪化しても会社が持ちこたえられる状態を作っておくことが重要になります。
予防的な経営管理とは、危機を予言することではありません。
危機が来ても、経営者が選択できる状態を残しておくことです。
目次
■ 限界点を決めておく
経営状態が悪化したとき、多くの会社では「もう少し様子を見よう」という判断が繰り返されます。
売上が少し下がったが、一時的かもしれない。採算の悪い事業も、来期には回復するかもしれない。新しく採用した社員も、もう少し時間が経てば戦力になるかもしれない。
経営には不確実性があるため、すぐに判断できないことは当然あります。
しかし、「いつまで待つのか」が決まっていない状態は危険です。
例えば、新規事業に投資するときには、投資額だけではなく、どこまで赤字を許容するのか、いつまでに一定の成果が出なければ見直すのかを事前に決めておく必要があります。
主要顧客との取引についても同じです。採算が悪化した場合、どの利益率までなら継続するのか、どの段階で価格交渉を行うのか、改善しなければどこまで取引量を縮小するのかを考えておきます。
基準がなければ、判断は常に先送りされます。
そして判断を先送りするほど、それまでに発生した損失が積み上がります。
限界点を事前に決めることは、将来を正確に予測することではありません。
経営者が感情や期待だけで判断を引き延ばさないための仕組みです。
■ 余裕資金を持つ
会社に利益が出ると、その利益をすぐに次の投資へ使いたくなることがあります。
設備を増やす。人を採用する。新しい拠点を出す。新規事業を始める。
成長するためには必要な投資です。
しかし、会社が持っている資金を常に限界まで使ってしまうと、環境変化への耐久力が低くなります。
想定外の原価上昇が起きるかもしれません。主要顧客からの受注が突然減る可能性もあります。設備故障や取引先の倒産など、予測しにくい支出が発生することもあります。
そのとき、手元資金に余裕があれば、会社には考える時間があります。
すぐに人員を削減しなくてもよいかもしれません。採算の悪い取引について、時間をかけて顧客と交渉することもできます。次の売上を作るための営業投資を継続することもできます。
手元資金は、単に支払いのために持っているお金ではありません。
経営者が急いで判断しなくてもよい「時間を買うための資金」でもあります。
どの程度の預金を持つべきかは、事業内容や固定費、入出金条件によって異なります。
大切なのは、預金残高を「余っているお金」とだけ考えないことです。
経営環境が悪化したときに会社を守るための余力として、一定の資金を残しておく考え方が必要です。
■ 固定化を避ける
会社が成長すると、固定費だけでなく経営上の約束事も増えていきます。
長期の賃貸借契約を結び、設備をリースで導入し、人員を増やし、各種サービスを年間契約する。こうした判断は、成長段階では合理的なことがあります。
しかし、将来の売上を前提として固定的な支出を増やしすぎると、経営環境が変わったときに身動きが取れなくなります。
売上は変動するのに、支出だけは固定されている。
この状態が強くなるほど、少しの売上減少でも利益が大きく変動します。
そこで、新しい固定費を増やす際には、金額だけでなく「やめられるか」という視点を持つことが重要です。
契約期間は何年なのか。途中解約はできるのか。売上が減った場合、規模を縮小できるのか。代替手段はあるのか。
例えば、設備購入と外注のどちらを選ぶかという判断でも、単純な単価比較だけではなく、業務量が減少した場合にどちらが柔軟なのかという視点があります。
固定費を持つことが悪いのではありません。
固定化された経営資源を増やすほど、将来の経営判断を拘束するということを理解しておく必要があります。
■ 必ず撤退基準を作る
新しい事業を始めるとき、多くの会社は売上目標や利益目標を作ります。
一方で、撤退条件まで決めている会社はそれほど多くありません。
事業を始めれば、経営者にも社員にも思い入れが生まれます。投資した資金もあります。ここまで続けたのだから、もう少し頑張れば成果が出るかもしれないという気持ちも生まれます。
その結果、本来であれば見直すべき事業を長期間続けてしまうことがあります。
だからこそ、事業開始時やまだ冷静に判断できる段階で、撤退を検討する条件を決めておく必要があります。
例えば、一定期間を経過しても売上が計画の50%に届かない場合、累積損失が一定額を超えた場合、必要な人員を確保できない場合など、自社に合った基準を設定します。
基準に達したから機械的に撤退する必要はありません。
しかし、その時点で必ず経営判断を行うというルールを持つことには意味があります。
撤退基準は、失敗を前提とした後ろ向きな仕組みではありません。
限られた経営資源を、成果が期待できる場所へ戻すための仕組みです。
■ 代替策を用意する
予防的な経営管理では、「今のやり方が続けられなくなった場合」を考えておくことも重要です。
主要仕入先が値上げしたらどうするのか。大口顧客の発注が半減したらどうするのか。重要な社員が退職したら、その仕事を誰が引き継ぐのか。借入金利がさらに上昇した場合、返済負担にどこまで耐えられるのか。
こうした想定をすると、「まだ起きてもいないことを心配しても仕方がない」と思うかもしれません。
しかし、目的は不安を増やすことではありません。
代替策があるかを確認することです。
仕入先が1社しかなければ、別の調達先を探しておく。特定社員にしかできない業務があるなら、手順を整理して他の社員も対応できるようにする。主要顧客への依存度が高いなら、数年かけて他の顧客を育てる。
問題が起きてから代替策を探すより、平時から準備しておく方が条件の良い選択肢を見つけやすくなります。
経営の安定性は、「問題が起きないこと」ではなく、「問題が起きても別の方法を選べること」によって高まります。
■ 小さく試して判断する
経営上の大きな失敗は、必ずしも判断そのものが間違っていたから起きるとは限りません。
問題になるのは、検証する前に大きく投資してしまうことです。
新規事業であれば、最初から大規模な設備や人員を投入するのではなく、小さな規模で市場反応を確認できないかを考えます。
新しいシステムであれば、全社導入する前に一部門で試す方法があります。新しい営業方法であれば、一定期間、特定の商品や顧客層で検証することもできます。
小さく始めれば、想定と違った場合の損失も小さくできます。
そして、数字や現場の反応を確認してから追加投資する。
この考え方は、業績が不安定な時期ほど重要になります。
経営資源に余裕がある大企業であれば、失敗した投資を別の成功事業で吸収できる場合があります。しかし、中小企業では1つの大きな投資判断が会社全体の資金繰りへ影響することがあります。
だからこそ、「正しい判断を1回で当てる」ことよりも、「間違っていても大きな傷にならない進め方」を考える必要があります。
■ 金融機関と話す
資金調達についても、困ってから動くのではなく、平時から関係を作っておくことが重要です。
資金繰りに余裕があるときには、金融機関との面談を負担に感じる経営者もいるかもしれません。
しかし、金融機関との関係は、融資が必要になった瞬間だけ作れるものではありません。
普段から決算内容や事業の状況を説明し、今後の計画について情報共有していれば、金融機関側も会社のことを理解しやすくなります。
経営状態が良いときに、現在の借入条件や返済期間について相談することもできます。
今後設備投資を考えているのであれば、実行する前に資金調達方法を相談できます。
経営状態が悪くなった場合にも、早い段階で情報共有していれば、突然の相談にはなりません。
金融機関との関係を「お金が足りなくなったときに借りる相手」とだけ考えないことです。
会社の資金調達力も、経営上の余力の1つです。
■ 管理者を育てておく
経営危機が起きたとき、社長1人で会社を立て直すことは簡単ではありません。
顧客対応、金融機関との交渉、資金繰り、事業見直し、社員への説明など、経営者が行わなければならないことは急激に増えます。
そのとき、日常業務まで社長に集中していれば、経営改善に使える時間がなくなります。
だからこそ、経営状態が良い段階から、管理職や中核社員に相談や判断を任せる範囲を増やしておく必要があります。
部門の数字を理解する。自分の担当業務だけではなく、部門全体の課題を考える。一定の範囲では自分で判断し、必要な事項だけ経営者へ上げる。
こうした管理者が育っていれば、経営者は会社全体の改善に集中できます。
管理職育成というと、人事制度や社員教育の問題に見えます。
しかし、経営者依存を減らすことは、会社の危機対応力を高めることでもあります。
経営が厳しくなってから急に「自分で考えてほしい」と求めても、人はすぐには変わりません。
平時の組織づくりも、予防的な経営管理の一部です。
■ 判断時期を早める
同じ施策でも、実行する時期によって会社が負う負担は大きく変わります。
例えば、年間500万円の固定費を削減する必要があるとします。
十分な時間があれば、契約更新に合わせて整理したり、業務改善によって残業を減らしたりしながら、複数の施策を積み上げることができます。
しかし、資金があと3か月しか持たないのであれば、年間500万円では間に合わないかもしれません。
短期間でより大きな効果を求められます。
同じように、人員体制の見直しも、数年かけて自然減や採用抑制、配置転換によって調整する場合と、短期間で削減しなければならない場合では、会社と社員の負担がまったく異なります。
経営改善では、「何をするか」だけでなく、「いつ始めるか」が極めて重要です。
早く始めれば、小さな施策を組み合わせることができます。
遅くなれば、大きな施策を短期間で実行しなければなりません。
予防的な管理の価値は、この時間を確保することにあります。
■ 余白を定期点検する
会社の余力は、一度確認すれば終わりではありません。
売上規模が変われば、必要な運転資金も変わります。人員が増えれば、人件費負担も増えます。借入金が増えれば返済額や金利負担も変わります。
したがって、経営者は定期的に「今の会社にどれだけ余白があるのか」を確認する必要があります。
例えば、主要顧客を1社失った場合でも耐えられるのか、粗利益率が2ポイント下がった場合でも黒字を維持できるのか、借入金利が上昇した場合に年間負担はいくら増えるのか、といった簡単な試算でも意味があります。
これは将来を予言するためのものではありません。
現在の会社が、どの程度の変化まで耐えられる状態なのかを知るためのものです。
少し条件が変わっただけで赤字になるのであれば、経営状態が良いうちに固定費や価格、顧客構成などを見直す必要があります。
今は黒字だから大丈夫、ではありません。
どの程度の変化まで黒字でいられるのか。
ここまで確認して初めて、会社の余力が見えてきます。
■ 畔の見方
私が予防的な経営管理で重視したいのは、経営者に大量の資料を作ってもらうことではありません。
大切なのは、自社の「余白」と「限界」を把握することです。
どの程度売上が減れば赤字になるのか。主要顧客を失った場合、どの程度影響するのか。現在の手元資金で、仮に赤字が続いた場合どの程度の期間を耐えられるのか。固定費の中に短期間で変更できるものがどれくらいあるのか。
さらに、問題が起きたときに使える選択肢も確認します。
代替する取引先はあるのか。金融機関へ相談できる状態にあるのか。縮小できる事業はどこか。業務を任せられる管理者はいるのか。
これらは、決算書だけを見ても分かりません。
数字と事業、組織、資金調達を一緒に見る必要があります。
予防的な経営管理とは、毎月数字を確認することだけではありません。
数字を基に、「もし状況が変わったら何をするか」をあらかじめ考えておくことです。
そして、本当に状況が変わったときには、迷わず次の行動に移れる状態を作っておく。
そこまで準備して初めて、経営管理が危機への備えになります。
経営状態が悪化してから会社を立て直すことはできます。
しかし、同じ会社であっても、対応を始める時期が6か月違うだけで、選べる手段は大きく変わることがあります。
利益と資金に余裕がある段階なら、価格交渉を時間をかけて行うことができます。固定費も契約更新に合わせて整理できます。新しい顧客を育てる時間もありますし、人員体制も段階的に変えることができます。
ところが、一線を越えて資金繰りが逼迫すると、そうした時間は失われます。
急いで経費を削り、急いで事業を整理し、急いで資金を確保する必要が生じます。
そのとき会社が負担するのは、金銭的なコストだけではありません。
社員への負担、取引先との関係、会社の信用、経営者自身の時間まで失われる可能性があります。
だからこそ、経営状態が良い時期に行うべきことがあります。
余裕資金を残し、固定化された支出を増やしすぎず、事業の撤退基準を決め、代替策を準備する。金融機関との関係を維持し、管理者を育て、会社がどの程度の変化まで耐えられるのかを定期的に確認する。
どれも、すぐに売上を増やす施策ではありません。
そのため、業績が良いときには優先順位が下がりやすいものです。
しかし、こうした準備がある会社とない会社では、環境が悪化したときの対応力が大きく異なります。
経営管理の目的は、問題が起きてから原因を説明することではありません。
会社に余力があるうちに次の手を準備し、経営者が選べる状態をできるだけ長く維持することです。
悪くなってから立て直すより、悪くなり切る前に止める。
その方が、会社が払う犠牲もコストもはるかに小さくなります。
この記事を書いた人

社会保険労務士 / 中小企業診断士
谷中 憲
(たになか あきら)
中小企業にて経営企画部門と総務部門のマネージャーとして組織運営の最前線で実務経験を積む。その後、社会保険労務士および中小企業診断士の資格を取得し、経営・人事・広報の専門知識を体系的に習得。現在は経営・人事オフィス畔を設立し、中小企業の経営課題解決に取り組んでいる。企業の内側に入り込み、現場の実績を深く理解した上で、実務的で実現可能な解決策を提案することを信条としている。

