採算の悪い顧客を手放せない会社

「この取引先は、利益が出ていないと思います。」
経営数字を細かく確認していくと、このような顧客が見つかることがあります。
売上金額は大きいし、取引期間も長く、毎月安定して発注がある。
営業担当者も重要顧客として扱っている。
しかし、実際の採算を確認してみると、ほとんど利益が残っていない。
値引きが多く、追加作業は請求できていない。
その他にも、修正対応が何度も発生したり、短納期への対応が常態化している。
主要顧客であるから、営業担当者や管理職が多くの時間を使っている。
昔に比べて外注費も高くなっている。
それでも、価格は長年変わっていない。
こうした顧客は、中小企業では珍しくありません。
問題は、採算が悪いと分かっても、なかなか取引を見直せないことです。
「長年お世話になっているから」
「売上が大きいから」
「この顧客を失うと社員の仕事が減るから」
「他の仕事を紹介してもらえるかもしれないから」
「今さら値上げとは言いにくいから」
さまざまな理由があります。
どれも経営者として理解できるものです。
しかし、不採算取引を長期間続ければ、その損失は会社全体が負担します。
ひどい状態では、採算の良い顧客から得た利益を使って、採算の悪い顧客へのサービスを続けている状態になることもあります。
業績が順調な時期であれば、それでも吸収できたかもしれませんが、業績が悪化している会社では事情が違います。
限られた人員、時間、資金を、どの顧客に使うのか。
その判断を避けることはできません。
顧客を大切にすることと、採算を考えずに取引を続けることは同じではありません。
会社を守るためには、顧客との取引条件も経営判断の対象にする必要があります。
目次
■ 売上への不安
採算の悪い顧客を見直せない最大の理由は、売上が減ることへの不安です。
例えば、年間1億円の売上がある顧客がいるとします。
経営者から見れば、その一億円がなくなることは非常に大きな問題に見えます。
年間売上10億円の会社であれば、10%を失うことになります。
営業担当者からも反対されるでしょう。
「この顧客を失ったら売上目標を達成できません」
「競合に取られてしまいます」
「取引を戻すのは難しいと思います」
確かに、売上が減ることにはリスクがあります。
しかし、見るべきなのは売上高だけではありません。
その1億円の売上から、会社にいくら利益が残っているのか。
ここを確認する必要があります。
1億円を売り上げるために、仕入れや外注費で8千万円かかっている。さらに専任担当者が複数人必要で、営業や管理職の対応時間も多い。
そうであれば、見かけほど会社には利益が残っていません。
場合によっては、その顧客への対応を減らすことで、別の顧客へ人員を振り向けられる可能性もあります。
売上を失うことは怖い。
しかし、利益を生まない売上を守り続けることにも、同じようにリスクがあります。
経営判断では、「売上がいくら減るか」だけでなく、「利益がいくら変わるか」を見なければなりません。
■ 大口顧客の錯覚
大口顧客は、会社にとって重要な存在です。
売上が安定する。
営業活動の負担が減る。
生産量や業務量を確保できる。
取引実績として信用にもつながる。
そのため、大口顧客を優先すること自体は合理的です。
しかし、「売上が大きい顧客=優良顧客」と考えてしまうと、判断を誤ります。
大口顧客ほど、価格交渉力が強い場合があります。
大量発注を理由に値引きを求められる。
独自の仕様を求められる。
専用の帳票やシステム対応が必要になる。
緊急対応を求められる。
担当者を固定する必要がある。
一つひとつは取引維持のために受け入れてきた条件です。
しかし、それが積み重なると、採算は少しずつ悪化します。
さらに問題なのは、取引量が多いほど社内で特別扱いが定着することです。
「この会社だけは仕方がない」
「重要顧客だから優先する」
「社長同士の付き合いがある」
「昔からこうしている」
こうした例外対応が当たり前になると、誰も採算を確認しなくなります。
大口顧客だからこそ、定期的な採算確認が必要です。
売上額だけでなく、
粗利益はいくら残っているのか。
社員がどれだけの時間を使っているのか。
追加対応はいくら発生しているのか。
入金条件はどうなっているのか。
こうした点までしっかりと確認する。
なぜなら、大きな売上ほど、採算が悪化したときの影響も大きいからです。
■ 隠れた原価
顧客別採算を考えるとき、多くの会社は仕入れや外注費を意識します。
しかし、それだけでは十分ではありません。
採算の悪い顧客ほど、帳簿に直接現れない原価が多いことがあります。
代表的なのが、社員の時間です。
営業担当者が何度も訪問する。
制作担当者が繰り返し修正する。
管理職がトラブル対応をする。
経理担当者が請求内容を個別に確認する。
社長自身が顧客対応に入る。
これらもすべて会社のコストです。
例えば、一回の修正作業が1時間で済むとしても、それが毎月十回発生すれば年間120時間になります。
担当者が二人関与すれば、240時間です。
さらに営業担当者や管理職の対応を加えれば、一年間で相当な労働時間を使っている可能性があります。
しかし、追加料金を請求していなければ、売上には何も反映されません。
帳簿を見ると売上は立っている。
直接原価もそれほど高くない。
そのため、一見すると利益が出ているように見えます。
ところが、社員の作業時間まで考えると採算が悪い。
サービス業や制作業では、こうしたケースが特に起こりやすくなります。
顧客別採算を見るなら、金額だけではなく時間も見る必要があります。
どの顧客に、誰が、どれだけ時間を使っているのか。
この情報がなければ、本当の採算は見えてきません。
■ 取引慣行
長年取引している顧客ほど、採算を見直しにくくなります。
取引開始当初は、現在とは条件が違っていたかもしれません。
原材料価格が安かった。
外注単価も低かった。
人件費も現在ほど高くなかった。
取引量も多かった。
追加対応も少なかった。
その時点では、十分に利益が出ていた。
しかし、その後、さまざまなコストが上昇します。
一方、販売価格は変わらない。
すると、取引を続けるほど利益率は低下します。
また、長い取引の中では、正式な契約条件ではないサービスが増えていくことがあります。
「これくらいなら対応します」
「今回だけ特別に」
「長い付き合いですから」
こうして始まった対応が、いつの間にか標準サービスになります。
顧客側から見れば、これまで無料だったものです。
会社側から見れば、以前より提供内容が増えています。
しかし、価格には反映されていない。
この状態が何年も続けば、採算が悪くなるのは当然です。
過去の取引条件が、現在も合理的とは限りません。
原価やサービス内容が変われば、価格や契約条件も見直す必要があります。
長期取引だから条件を変えられないのではなく、長期取引だからこそ、継続できる条件へ調整する必要があります。
■ 値上げの壁
採算改善の方法として、最も分かりやすいのが価格改定です。
しかし、中小企業では値上げに強い抵抗があります。
顧客が離れるかもしれない。
競合へ切り替えられるかもしれない。
関係が悪くなるかもしれない。
そのため、原価が上昇しても会社側で吸収してしまいます。
しかし、吸収できる範囲には限界があります。
人件費が上がる。
仕入価格が上がる。
外注費が上がる。
物流費が上がる。
それでも販売価格を維持すれば、その差額は会社の利益から支払うことになります。
値上げは顧客に負担を求める行為です。
だからこそ、根拠を整理する必要があります。
原材料費がどれだけ上昇したのか。
人件費がどれだけ増えたのか。
従来の価格では、どの程度採算が悪化しているのか。
提供するサービス内容はどう変わっているのか。
これらを説明できる状態にする。
また、必ずしも単純な価格引き上げだけが方法ではありません。
基本価格を上げる。
追加作業を有料化する。
最低発注額を設定する。
緊急対応に追加料金を設定する。
納品回数を減らす。
仕様を標準化する。
取引条件全体を見直す方法があります。
重要なのは、採算の悪化を会社だけで抱え込まないことです。
また、通常、価格改定の交渉には長い時間を要します。根拠を整理し、粘り強く顧客からの理解を得る覚悟も同時に必要となります。
■ 顧客整理
採算の悪い顧客が見つかったからといって、すぐに取引を終了すればよいわけではありません。
最初に行うべきなのは、顧客を整理することです。
- 売上額
- 粗利益額
- 粗利益率
- 成長性
- 取引継続性
- 支払条件
- 対応負荷
- 今後の事業との親和性
こうした複数の視点から顧客を見ます。
例えば、現在の採算は低くても、今後大きな取引につながる顧客がいるかもしれません。
逆に、現在は一定の利益が出ていても、取引量が急速に縮小している顧客もあります。
単純に利益率だけで順位をつけるのではなく、会社にとっての重要性を総合的に判断します。
そのうえで、
- 積極的に取引を拡大する顧客
- 現在の取引を維持する顧客
- 条件改善が必要な顧客
- 取引を縮小する顧客
このように分類します。
すべての顧客を同じように扱う必要はありません。
限られた人員と時間を、どの顧客に重点的に使うかを決めることも経営判断です。
顧客整理とは、顧客を切る作業ではありません。
会社の経営資源を、より効果的に配分するための重要な業務です。
■ 依存の危険
一社への売上依存度が高い会社では、採算が悪くても条件交渉が難しくなります。
その顧客を失えば、会社の売上が大きく減る。
この状態では、価格交渉でも顧客側が圧倒的に強くなります。
「この価格でなければ他社へ頼む」
そう言われれば、会社側は受け入れざるを得ません。
大口顧客への依存は、短期的には効率的です。
営業活動をそれほど行わなくても、一定の仕事量を確保できます。
しかし、依存度が高くなるほど経営上の選択肢は減ります。
価格を上げられない。
条件を変えられない。
無理な納期を断れない。
取引量の減少にも耐えられない。
顧客依存は、売上の問題であると同時に、経営の自由度の問題です。
だからこそ、特定顧客への依存が高い会社では、急に取引を縮小するのではなく、時間をかけて依存度を下げる必要があります。
他の顧客を育てる。
新規顧客を開拓する。
既存顧客への取引を広げる。
商品やサービスを増やす。
売上構成を少しずつ変えていく。
選択肢が増えれば、採算の悪い取引条件を見直しやすくなります。
「この顧客を失ったら会社が危ない」
その状態自体が、すでに経営上のリスクです。
■ 判断の基準
顧客との取引を続けるかどうかは、数字だけで機械的に決められるものではありません。
長年の関係、今後の可能性、地域や業界での信用、他の取引への影響など多面的に考慮しなければなりません。
だからこそ、判断基準を持つ必要があります。
この顧客はいくらの利益を生んでいるのか。
今後、採算改善の可能性はあるのか。
どれだけの人員や時間を使っているのか。
その時間を他の顧客へ使えばどうなるのか。
取引を縮小した場合、固定費は減らせるのか。
代替する売上を作るまで何か月必要なのか。
こうした点を確認します。
特に注意したいのは、過去の売上を理由に判断することです。
「昔から1億円売り上げてくれている」
これは過去の事実です。
必要なのは、
「今後、この取引を続けることで、会社にどれだけ利益と資金が残るのか」
という視点です。
経営判断は、過去への感謝と未来の採算を分けて考える必要があります。
長年取引してくれた顧客への感謝は必要です。
しかし、感謝することと、赤字を続けることは別です。
双方が継続できる取引条件を探す。
それが本来の取引関係ではないでしょうか。
■ 畔の見方
経営改善の中で顧客別採算を確認すると、経営者が想定していた優良顧客と、数字上の優良顧客が一致しないことがあります。
売上が大きい。
有名企業である。
長期間取引している。
こうした顧客ほど、重要顧客として認識されています。
しかし、管理会計の数字だけでなく、実際の業務負荷まで確認すると、違った姿が見えることがあります。
売上、粗利益、継続性、業務負荷、将来性などを整理し、会社にとってどのような位置づけの顧客なのかを確認します。
その結果、採算が悪い顧客が見つかった場合も、すぐに取引終了を提案するわけではありません。
まず改善余地を探します。
価格を変えられないか。
追加業務を有料化できないか。
提供範囲を整理できないか。
業務プロセスを簡略化できないか。
外注方法を変えられないか。
取引条件や仕事の進め方を変えることで、採算が改善する場合があります。
それでも改善できないのであれば、価格回答交渉の余地、取引量の縮小や撤退を検討します。
重要なのは、「顧客を切るか、切らないか」という二択から始めないことです。
まず数字を見える化し、問題がどこにあるのかを確認する。
そのうえで、顧客との関係を維持しながら改善できる方法を探す。
それでも難しい場合に、経営判断として取引の見直しを考える。
経営改善では、この順番が重要です。
採算の悪い顧客を手放せない。
その背景には、さまざまな理由があります。
売上が減ることへの不安。
長年の取引関係。
大口顧客への依存。
値上げへの抵抗。
社員の仕事量への心配。
将来の取引への期待。
どれも簡単に無視できるものではありません。
しかし、会社が赤字を続けているのであれば、すべての取引を以前と同じように続けることもできません。
会社が持っている人員、時間、資金には限りがあります。
その経営資源を、どの顧客に使うのか。
この判断が必要になります。
売上が大きいから重要な顧客とは限りません。
利益を残す顧客。
安定して発注してくれる顧客。
無理のない条件で長く取引できる顧客。
今後の会社の方向性と合っている顧客。
こうした顧客こそ、会社にとって大切な存在です。
業績が悪化した会社では、どうしても売上を守ることが最優先になりがちです。
しかし、本当に守るべきなのは売上高そのものではありません。
会社が事業を続けられる利益と資金です。
採算の悪い顧客を見つけることは、顧客を切り捨てるためではありません。
まず、その顧客との取引を持続可能なものへ変えられないかを考える。
価格を変える。
仕事の範囲を変える。
対応方法を変える。
取引量を変える。
それでも改善できないのであれば、会社全体を守るために取引を見直す。
顧客を大切にすることと、会社を守ることは対立するものではありません。
会社が存続しなければ、どの顧客にもサービスを提供し続けることはできません。
売上を守るのではなく、利益を生む取引を守る。
業績改善では、その視点が必要です。
この記事を書いた人

社会保険労務士 / 中小企業診断士
谷中 憲
(たになか あきら)
中小企業にて経営企画部門と総務部門のマネージャーとして組織運営の最前線で実務経験を積む。その後、社会保険労務士および中小企業診断士の資格を取得し、経営・人事・広報の専門知識を体系的に習得。現在は経営・人事オフィス畔を設立し、中小企業の経営課題解決に取り組んでいる。企業の内側に入り込み、現場の実績を深く理解した上で、実務的で実現可能な解決策を提案することを信条としている。

