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労務トラブルは、起きる前に見つけられる

労務管理に問題がある会社だからといって、毎日のように社員とのトラブルが起きているとは限りません。

むしろ実際には、何年も大きな問題が起きていない会社の中に、さまざまな労務リスクが残っていることがあります。

就業規則は以前作ったままになっており、雇用契約書の内容と実際の働き方が少し違っている。残業時間は把握しているつもりだが、一部の仕事については正確に記録されていない。管理職によって休暇の扱いや残業申請の運用が違う。入社時に説明している内容も、担当者によって少しずつ異なっている。休日に黙って働いている社員がいる…。

それでも、社員から特に不満が出ていなければ、会社は「今のところ問題はない」と考えます。

しかし、労務管理で本当に怖いのは、問題が存在することよりも、会社自身が問題の存在を把握していないことです。

社員から相談があったとき、退職者から指摘を受けたとき、行政対応が必要になったとき、あるいは会社の売却や事業承継、金融機関や取引先との関係の中で労務管理の状況を説明しなければならなくなったときに、初めて問題が見つかることがあります。

その段階になると、会社は問題を整理しながら同時に対応もしなければなりません。

過去の記録を探し、事実関係を確認し、社員へ説明し、必要であれば制度や書類を直す。場合によっては、過去分について追加対応をしなければならず、多額のコストを支払うこともあります。

つまり、問題が起きてから対応する方が、当然負担は大きくなります。

労務管理はトラブルが起きたときだけ確認するものではありません。

何も起きていないときに、自社の状態を定期的に点検しておく。

これだけでも、会社のリスクは大きく変わります。

■ 問題は静かに残る

労務管理の問題は、売上減少や資金不足のように、すぐに数字へ表れるものではありません。

例えば、雇用契約書の記載と実際の勤務条件に違いがあったとしても、社員がその違いを問題にしなければ、日常業務はそのまま進みます。

時間外労働の管理方法に不備があったとしても、社員が何も言わなければ、会社は現在の方法で問題ないと思ってしまいます。

休暇の運用についても、管理職と社員の間で暗黙の了解が成立していれば、一見すると問題なく回っているように見えます。

しかし、「今まで問題にならなかった」ということと、「適切に管理されている」ということは同じではありません。

むしろ、長期間問題が表面化しなかった会社ほど、慣習が積み重なっていることがあります。

昔からこの方法でやっている、前任者から引き継いだ、社員も理解しているはずだという理由で、正式なルールと実際の運用が少しずつ離れていきます。

この差は、普段は見えません。

何かをきっかけに初めて表面化します。

だからこそ、平時の点検には意味があります。

問題が起きているかどうかを確認するのではなく、問題になり得る状態が残っていないかを確認するのです。

■ 書類と実態を見る

労務管理を確認するとき、就業規則や雇用契約書などの書類を整えることは重要です。

しかし、書類だけ確認しても十分ではありません。

実際の運用がどうなっているかを見る必要があります。

例えば、就業規則には残業の申請方法が書かれていても、現場では誰も申請していないかもしれません。休暇取得の手続きが決められていても、部署ごとに違う方法で運用されている可能性があります。

雇用契約書には勤務時間が明確に記載されているのに、実際には始業前の準備作業が日常化している場合もあります。

書類が整っている会社でも、実態との間に差があれば問題は残ります。

反対に、実際の運用には大きな問題がなくても、それを裏付ける書類や記録が不足していることがあります。

会社としては適切に管理していたつもりでも、後から確認しようとしたときに記録が残っていなければ、説明が難しくなります。

労務管理を点検するときには、規程や契約書といった「ルール」と、勤怠や給与、休暇、面談などの「実際の運用」を見る必要があります。

その差を見つけることが、点検の重要な目的です。

■ 労働時間を見る

労務管理で最初に確認したい項目の1つが、労働時間です。

ただし、単に残業時間の多い社員を探すだけでは十分ではありません。

会社として勤務時間をどのように把握しているのか、申告された時間と実際の働き方に差がないか、管理職が適切に時間を管理できているかまで確認する必要があります。

例えば、パソコン上では退勤処理をした後も仕事を続けている、始業前の準備が恒常的に行われている、休憩時間中に顧客対応をしているといった状態があれば、勤怠記録だけでは実態を把握できないことがあります。

また、残業時間が少ないから問題がないとも限りません。

仕事量そのものが過大で、社員が持ち帰りや非公式な対応によって補っているのであれば、数字上の残業時間だけを見ても実態は分かりません。

労働時間の点検には、法令対応という意味だけではなく、会社の業務設計を確認する意味もあります。

特定の社員だけ残業が多いのであれば、仕事が属人化している可能性があります。特定部署だけ長時間労働が続いているのであれば、人員配置や業務量に問題があるかもしれません。

労務管理の確認から、組織上の問題が見つかることもあります。

■ 契約内容を確認する

雇用契約書や労働条件通知書についても、定期的な確認が必要です。

社員を採用した当時と現在では、仕事の内容や勤務条件が変わっていることがあります。また、労働契約で明示しなければならない項目について、直近では法改正もされています。

配置転換によって業務内容が変わった、勤務時間を変更した、給与体系を見直した、役職が変わったという場合でも、書面が以前のままになっていることがあります。

社員本人も会社も現在の条件を理解しているので、日常業務では問題が起きないかもしれません。

しかし、退職時やトラブル発生時に過去の書類を確認すると、現在の実態との違いが問題になることがあります。

重要なのは、書類を作ること自体ではありません。

会社と社員の間で、どのような条件で働いているのかが明確になっている状態を維持することです。

特に中小企業では、採用時には丁寧に書類を作っていても、その後の変更管理が十分ではないことがあります。

労務管理の点検では、新しく入社した社員の書類だけでなく、長期間勤務している社員についても確認する必要があります。

長く働いているからこそ、途中の変更が積み重なっている場合があるからです。

■ 管理職の運用を見る

会社として制度やルールを整えていても、実際に運用するのは管理職です。

そのため、労務管理を確認するときには、管理職がどのように部下を管理しているかを見る必要があります。

例えば、残業申請について、ある管理職は事前申請を徹底している一方で、別の管理職は本人任せになっているかもしれません。

休暇についても、取得を積極的に認める部署と、取得しにくい雰囲気の部署が存在することがあります。

部下から相談を受けた際の対応も管理職によって違います。

会社として同じ制度を持っていても、管理職ごとに運用が異なれば、社員から見た労務管理は統一されません。

この状態が続くと、「あの部署では認められるのに、自分の部署では認められない」といった不公平感につながります。

制度の問題ではなく、運用の問題です。

そのため、労務管理体制の確認では、規程や書類だけでなく、管理職へのヒアリングも重要になります。

会社のルールをどう理解しているのか、実際にどのように判断しているのか、判断に迷うことはないかを確認します。

管理職が迷っている事項は、将来的な労務トラブルになりやすい事項でもあります。

■ 給与との整合を見る

勤怠管理と給与計算が正しくつながっているかも確認したい項目です。

労働時間を記録していても、その情報が給与計算へ正しく反映されていなければ意味がありません。

残業時間、休日勤務、欠勤、休暇などの情報が、どのような流れで給与担当者へ渡されるのかを確認します。

特に注意したいのは、手作業による修正が多い場合です。

勤怠システムから出したデータを表計算ソフトへ転記し、その後に担当者が個別修正しているような場合には、間違いが入り込む余地が増えます。

また、給与計算担当者だけが処理方法を理解している状態もリスクになります。

その担当者が突然休職したり退職したりした場合、会社として同じ処理を継続できない可能性があります。

労務管理体制の点検では、計算結果だけでなく、そこに至る業務フローまで見ることが重要です。

正しく処理されているかだけではなく、正しい処理を継続できる体制になっているかを確認する必要があります。

■ 休暇運用を確認する

休暇についても、制度と実際の運用に差が出やすい項目です。

社員がどのように申請し、誰が承認し、どのように記録されているのかを確認します。

形式上は休暇制度が整っていても、実際には取得しにくい部署が存在する場合があります。

一方で、運用が緩すぎて、誰がいつ休んでいるのかを会社側が正確に把握できていない場合もあります。

どちらも管理上は問題です。

休暇は社員の権利としての側面だけでなく、会社の人員配置や業務継続にも関係します。

特定の社員が長期間ほとんど休暇を取得していないのであれば、その社員に仕事が集中している可能性があります。

逆に、休暇取得によって業務が頻繁に止まるのであれば、引き継ぎや業務標準化が不足しているかもしれません。

休暇の確認からも、組織の属人化や人員配置の問題が見えてくることがあります。

■ 相談経路を確認する

社員に問題が起きたとき、誰に相談するのかが明確になっていることも重要です。

直属の上司に相談するのか、人事担当者なのか、経営者へ直接話すのか。会社によって体制は異なります。

重要なのは、社員が相談できる経路を理解していることです。

相談窓口が制度上存在していても、社員がその存在を知らなければ機能しません。

また、相談を受けた管理職や担当者が、どこまで自分で対応し、どの段階で上位者へ報告するのかが曖昧な場合もあります。

その結果、小さな問題が部署内で長期間放置され、後から大きな問題として経営者へ届くことがあります。

労務問題は、初期対応が非常に重要です。

早い段階で状況を把握できれば、当事者双方から話を聞き、事実関係を整理し、会社として対応できます。

問題が長期間放置された後では、社員同士の関係が悪化し、感情的な対立も深くなっている可能性があります。

相談体制を確認しておくことは、問題をゼロにするためではなく、問題を小さい段階で把握するための仕組みです。

■ 過去の慣習を疑う

労務管理を点検すると、長年続いている社内慣習が見つかることがあります。

昔からこの方法で給与を計算している、休憩はこのように取っている、管理職はこの時間まで残ることになっている、といったものです。

長年続いているため、誰も疑問に思わなくなっています。

しかし、会社の制度や人員構成、働き方は変わります。

以前は少人数だったため問題なく運用できていた方法が、社員数の増加によって不適切になっていることもあります。

逆に、以前は必要だった管理方法が、現在では無駄な手続きになっている場合もあります。

労務管理を定期的に確認する意味の1つは、こうした慣習を改めて見直すことです。

「昔からこうしている」という理由だけで続けているものがないか。

現在の会社に合っているかを確認します。

■ 記録が残るかを見る

労務管理では、適切な対応をしていることと、その対応を後から確認できることの両方が重要です。

例えば、社員へ勤務条件を説明した、問題が起きた際に面談を行った、本人と勤務方法について話し合ったという場合でも、その記録が何も残っていなければ、時間が経過した後に事実関係を確認することが難しくなります。

担当した管理職が退職していれば、さらに確認は難しくなります。

だからといって、社員とのやり取りをすべて詳細に記録する必要はありません。

重要な面談や条件変更、会社として判断した事項について、必要な記録が残る仕組みを作っておくことです。

記録は、社員を監視するためのものではありません。

会社と社員双方にとって、「当時どのような説明や判断が行われたのか」を後から確認できるようにするためのものです。

■ 点検で優先順位を作る

労務管理を点検すると、複数の問題が見つかることがあります。

就業規則の一部が現在の運用と合っていない、雇用契約書の形式が統一されていない、勤怠管理に改善余地がある、管理職によって運用に差がある、といった具合です。

すべてを同時に修正する必要はありません。

重要なのは、問題の大きさと緊急性を整理することです。

法的なリスクが大きいもの、社員とのトラブルにつながりやすいもの、金銭的な影響が大きいものから優先して対応します。

一方、文書の表現を整えるといった事項は、緊急性が低いのであれば後から対応することもできます。

点検の価値は、問題をたくさん指摘することではありません。

会社として「まず何を直すべきか」が分かることです。

■ 問題がないことも価値

労務管理を確認した結果、大きな問題が見つからないこともあります。

それでも点検が無駄だったわけではありません。

むしろ、「現在の管理方法で大きな問題がない」と確認できること自体に価値があります。

経営者は、会社のすべての業務を自分で確認することはできません。

労務管理についても、担当者や管理職に任せている部分が多いでしょう。

その状態で一度体系的に確認し、一定の水準で管理されていると分かれば、経営者は安心して他の経営課題へ時間を使うことができます。

また、問題がなかったとしても、確認した項目や方法を残しておけば、次回の点検時に比較できます。

労務管理の点検は、問題を探すだけの活動ではありません。

会社の管理体制が正常に機能していることを確認する活動でもあります。

■ 畔の見方

私が労務管理の確認で重要だと考えるのは、法律上必要な書類がすべて揃っているかだけを確認することではありません。

書類と実態が一致しているかを見ることです。

就業規則ではこうなっているが、現場ではどう運用されているのか。雇用契約書にはこう書かれているが、実際の勤務条件はどうなのか。勤怠記録は残っているが、その記録が実際の働き方を正しく表しているのか。

そのためには、書面確認だけでは足りません。

経営者や担当者、必要に応じて管理職から実際の運用を聞きます。

そして、問題が見つかった場合には、その問題がどの程度のリスクを持っているのかを整理します。

すぐ直すべきものなのか、制度変更と一緒に対応すべきものなのか、現在の運用を明文化すればよいのか。

優先順位をつけて対応します。

労務管理を完璧な状態にすることが目的ではありません。

会社にとって重大な問題になり得るものを早く見つけ、問題が小さいうちに修正することが重要です。

労務管理の問題は、何も起きていないときには見えにくいものです。

社員から大きな不満もなく、給与も毎月支払われ、会社の日常業務が回っていれば、「特に問題はない」と考えるのは自然です。

しかし、日常業務が回っていることと、労務管理が適切に行われていることは同じではありません。

長年続いた慣習、担当者だけが知っている処理、管理職ごとに異なる判断、古い規程と現在の働き方のずれ。

こうした小さな問題は、普段は表に出ません。

そして、問題が表面化したときには、過去まで遡って確認しなければならなくなることがあります。

そのとき会社が負担するのは、金銭的なコストだけではありません。

経営者や管理職の時間が取られ、社員への説明が必要になり、場合によっては社員との信頼関係にも影響します。

だからこそ、何も起きていない時期に一度確認しておくことには大きな意味があります。

就業規則、雇用契約、勤怠、給与、休暇、管理職の運用、相談体制、記録などを一通り見て、会社がどのような状態にあるのかを把握する。

問題があれば、小さいうちに直す。

問題がなければ、現在の管理方法を続ける。

それだけです。

労務管理は、トラブルが起きた後に会社を守るためだけのものではありません。

トラブルが大きくなる前に、自社の弱いところを見つけて修正しておくための経営管理でもあります。

何も起きていない今だからこそ、自社の労務管理を一度確認してみる。

それが、将来会社が負担するかもしれない大きなコストと混乱を防ぐ、最も現実的な方法なのです。

この記事を書いた人

社会保険労務士 / 中小企業診断士

谷中 憲

(たになか あきら)

中小企業にて経営企画部門と総務部門のマネージャーとして組織運営の最前線で実務経験を積む。その後、社会保険労務士および中小企業診断士の資格を取得し、経営・人事・広報の専門知識を体系的に習得。現在は経営・人事オフィス畔を設立し、中小企業の経営課題解決に取り組んでいる。企業の内側に入り込み、現場の実績を深く理解した上で、実務的で実現可能な解決策を提案することを信条としている。

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