人を採っても、なぜ会社に残らないのか

「人を採っても、すぐに辞めてしまう。」
中小企業の経営者から、非常によく聞く悩みです。
求人を出す。
面接をする。
ようやく採用できる。
しかし、半年から一年ほどで退職してしまう。
そのたびに、また求人を出し、また採用活動を行い、また一から教育する。採用コストは増え続け、現場の負担も減らない。むしろ、既存社員は新しい人が入るたびに育成を求められ、その人が辞めるたびに徒労感や新入社員への不信感を抱く。
採用しているのに、人手不足が解消しない。
これは、多くの中小企業で起きている深刻な問題です。
ただし、この問題を「最近の若い人は続かない」「応募者の質が悪い」「採用市場が厳しい」という言葉だけで片づけてしまうと、原因を見誤ります。
もちろん、採用市場が厳しいことは事実です。人口動態の変化、人材獲得競争の激化、働き方に対する価値観の変化など、中小企業にとって不利な環境は確かにあります。
しかし、それでも人が定着する会社はあります。
その違いは、単に賃金水準や知名度だけではありません。
人が定着しない会社には、いくつかの共通点があります。
そしてその多くは、採用活動そのものではなく、採用前後の組織設計に原因があります。
目次
■ 「欠員補充」の採用ばかり
人が定着しない会社では、採用活動が常に後手に回っています。
誰かが辞めた。
現場が回らない。
急いで求人を出す。
応募が来た人の中から、何とか採用する。
この流れ自体は、多くの会社で見られます。急な退職が起きれば、欠員補充が必要になるのは当然です。
問題は、それが常態化していることです。
本来、採用は事業計画や組織計画と連動しているべきものです。今後どの事業を伸ばすのか。どの部署にどのような機能が必要になるのか。既存社員の年齢構成はどうなっているのか。数年後に中核となる人材は足りているのか。
こうした見通しを持ったうえで、採用すべき人物像を定める必要があります。
しかし、欠員補充型の採用では、そこまで考える余裕がありません。目の前の穴を埋めることが目的になります。
その結果、「とにかく人が必要」という採用になります。
- 求める人物像が曖昧なまま採用する
- 配属後に何を任せるか明確でない
- 教育体制が整っていない
- 本人の志向と会社の期待が十分にすり合っていない
この状態で採用された人が、長く定着する可能性は高くありません。
採用活動は、入口にすぎません。入口の設計が曖昧であれば、その後の定着も不安定になります。
■ 会社が何を求めているかが曖昧
採用がうまくいかない会社では、「良い人が来ない」という言葉がよく出ます。
しかし、ここで確認すべきことがあります。
その会社にとっての「良い人」とは、どのような人なのでしょうか。
明るい人。
真面目な人。
経験がある人。
コミュニケーション能力がある人。
長く働いてくれる人。
これらは、採用要件としては不十分です。あまりにも抽象的で、判断基準になりません。本来、会社の事業内容や組織状態に応じて、必要な人物像は変わるものです。
例えば、まだ仕組みが整っていない会社であれば、曖昧な状況でも自ら考えて動ける人が必要かもしれません。一方、業務品質を安定させたい会社であれば、決められた手順を丁寧に守れる人が重要かもしれません。
新規事業を進めるのか。
既存業務を安定運用するのか。
管理職候補を採るのか。
現場担当者を採るのか。
将来的な幹部候補を採るのか。
など、目的によって採るべき人材は変わります。
にもかかわらず、「良い人」という曖昧な言葉のまま採用を進めると、採用後にズレが生じます。
(会社)「もっと主体的に動いてほしい」
(本人)「指示された仕事を丁寧にやっている」
(会社)「成長意欲が足りない」
(本人)「何を期待されているのか分からない」
このようなズレは、入社後に突然発生するのではありません。採用前に、会社側の期待が整理されていないことから始まっています。
人が定着しない会社では、採用した人の問題だけでなく、会社側の期待設定が曖昧であることが少なくありません。
■ 採用が一部の人だけの仕事になっている
中小企業では、採用活動が経営者や一部の幹部、人事担当者だけの仕事になっていることがあります。
求人票を作り、面接を実施し、内定を出し、入社日を調整する。
ここまではそれぞれの担当者が行う。
しかし、実際に新しく入社した人を受け入れるのは現場です。日々一緒に働くのも現場です。仕事を教えるのも、空気をつくるのも、困ったときに声をかけるのも現場です。
つまり、採用後の定着には、現場全体の関与が不可欠です。
ところが、採用活動が一部の人だけで進められている会社では、現場が受け身になります。
「また新しい人が来た」
「どうせすぐ辞めるのではないか」
「忙しいのに教育までしなければならない」
「前にも教えた人が辞めた」
このような空気があると、新しく入った人は非常に敏感に感じ取ります。
- 受け入れる側に疲弊感がある
- 歓迎されている実感がない
- 誰に何を聞けばよいか分からない
- 現場ごとに教え方が違う
- 質問すると迷惑そうにされる
この状態では、入社した人が早期に不安を感じるのは当然です。
採用は、社長や経営幹部、人事担当者だけの仕事ではありません。
会社全体のプロジェクトです。
特に中小企業では、一人ひとりの入社が組織に大きな影響を与えます。
誰を採るのかだけでなく、どう迎え入れるのかを全社で考える必要があります。
■ 入社後の数か月を軽く見ている
採用しても人が定着しない会社では、入社後のフォローが弱い傾向があります。
①初日に会社の沿革や事業内容の説明をする。
②勤怠やワークフローなど簡単な事務を教える。
③あとは現場で覚えてもらう。
このような流れになっている会社は少なくありません。
もちろん、仕事は実務を通じて覚えるものです。すべてを座学で教えることはできません。現場で経験しながら身につけることは必要です。
しかし、入社直後の社員は、会社が思っている以上に不安定な状態にあります。
仕事の内容が分からない。
社内の人間関係が分からない。
暗黙のルールが分からない。
どこまで質問してよいか分からない。
自分が評価されているのか分からない。
この状態が続くと、本人は少しずつ孤立します。
特に中小企業では、忙しさの中で「分からなければ聞いてくれればいい」と考えがちです。しかし、新しく入った人にとって、質問すること自体が負担である場合もあります。
誰が忙しそうか。
誰に聞けばよいか。
こんなことを聞いてよいのか。
前にも説明された内容ではないか。
評価が下がるのではないか。
嫌われて会社に居づらくなるのではないか。
そのような不安を抱えながら、聞けないまま時間が過ぎた結果、本人の中で「この会社ではやっていけないかもしれない」という感覚が強まっていきます。
定着支援とは、単に優しくすることではありません。
新しく入った人が、組織の中で自分の立ち位置を理解し、仕事を覚え、人間関係を築くまでの過程を設計することです。
入社後一週間→一か月→三か月→半年→1年。
それぞれの時期に、どのような不安が生じやすいのか。誰が面談し、何を確認するのか。どの段階でどの業務を任せるのか。
ここまで考えている会社と、新人教育をすべて現場任せにしている会社とでは、定着率に大きな差が出ます。
■ 教育が「その人任せ」になっている
人が定着しない会社では、教育が属人的になっていることも多いです。
- 教える人によって内容が違う
- 教え方が違う
- できる、できないの判断基準が違う
- 必要な知識、技能が整理されていない
- 業務マニュアルが無い、または古い
その結果、新入社員は混乱します。
Aさんにはこう言われた → Bさんには違うやり方を指摘された → 上司に確認すると、また別の答えが返ってきた。
これでは、本人は何が正しいのか分かりません。
さらに、教育担当者が忙しい場合、新入社員への指導は後回しになります。十分な説明がないまま業務を任され、失敗すると注意される。本人からすれば、理不尽に感じることもあります。
また、定着がうまくいかない会社では、新入社員に対して「覚えが悪い」「主体性がない」といった評価が早い段階で下されることがあります。
しかし、会社側の教え方や受け入れ体制に問題がある場合も少なくありません。
教育とは、単に仕事を教えることではありません。
会社として、どの順番で何を覚えてもらうのかを決めることです。
最初に覚えるべき業務。
次に任せる業務。
判断を要する業務。
一人で任せるまでの基準。
困ったときの相談先。
これらを整理しなければ、教育は現場任せになります。
そして、現場任せの教育は、現場の余裕に左右されます。忙しい会社ほど教育が薄くなり、教育が薄いから人が育たず、結局また忙しくなる。
これは、非常に典型的な悪循環です。
■ 退職理由を深掘りしない
人が辞めたとき、多くの会社は退職理由を聞きます。
家庭の事情。
体調不良。
別の仕事に挑戦したい。
給与面の不満。
人間関係。
表面的な退職理由だけを受け取って終わっている会社も少なくありません。しかし実際には、退職理由は一つではないことが多いです。
給与だけが理由ではない。
人間関係だけが理由でもない。
仕事内容だけが理由でもない。
小さな違和感が積み重なり、最終的に退職という判断になります。
入社前に聞いていた内容と違った。
仕事の目的が分からなかった。
上司との面談がなかった。
成長している実感がなかった。
職場に相談できる人がいなかった。
評価の基準が見えなかった。
将来像が描けなかった。
こうした要素が重なっていきます。
したがって、退職者が出たときには、「本人の都合」で終わらせるのではなく、会社側に改善できる点がなかったかを確認する必要があります。
- 採用時の説明にズレはなかったか
- 入社後のフォローは足りていたか
- 教育担当者に負担が偏っていなかったか
- 配属先の管理職は十分に関与していたか
- 本人の期待と会社の期待をすり合わせる機会はあったか
ここまで見なければ、同じ退職が繰り返されます。
退職は、会社にとって痛みを伴う出来事です。
しかし同時に、組織のどこに問題があるかを教えてくれる情報でもあります。
その情報を活かせない会社では、採用と退職の繰り返しから抜け出すことができません。
■ 採用広報と現場実態がずれている
最近は、中小企業でも採用ページや求人媒体の表現に力を入れる会社が増えています。
会社の魅力を伝える。
社員の声を掲載する。
働きやすさを打ち出す。
成長環境を示す。
これ自体は非常に重要です。採用市場で選ばれるためには、会社の情報を分かりやすく発信する必要があります。
しかし、注意すべき点があります。
採用広報で伝えている内容と、実際の職場体験がずれていると、定着には逆効果になるということです。
求人では「丁寧に育成します」と書いているが、実際には現場が忙しく、十分な教育時間がない。
求人では「風通しの良い職場」と書いているが、実際には会議で意見を言いにくい。
求人では「若手が活躍できる」と書いているが、実際には重要な判断はすべてベテランや経営者が行っている。
このようなズレがあると、入社後の失望は大きくなり、退職の理由を作ることになります。
採用広報は、会社をよく見せるためのものではありません。
会社の実態と魅力を、正しく伝えるためのものです。
もちろん、すべての弱点を前面に出す必要はありません。しかし、実態とかけ離れた表現で人を集めても、入社後に定着しなければ意味がありません。
採用は、入口の数を増やすだけでは不十分です。
入社後に「聞いていた話と違う」と思わせないことが重要です。
そのためには、採用広報と現場改善を同時に進める必要があります。
会社の魅力を言語化する。
同時に、魅力として打ち出せる状態を実際につくる。
この両方がそろって初めて、採用広報は定着につながります。
■ 入社後の不安を放置しない
人が定着する会社には、共通点があります。
入社後の不安を、本人任せにしません。
新しく入った人が、どこでつまずきやすいかを理解しており、誰がフォローするかを決めている。
最初の数か月で何を確認すべきかを整理し、現場任せにせず、会社として受け入れを設計している。
つまり、定着を偶然に任せていません。
中小企業では、採用人数が限られます。だからこそ、一人の採用を大切にする必要があります。大企業のように大量採用し、一定数が残ればよいという考え方は取りにくい。
「一人採るなら、その一人が定着し、戦力化するまでを設計する」
これが中小企業の採用では非常に重要です。
定着支援には、特別な制度が必要とは限りません。
・定期的に面談する
・教育担当者を明確にする
・最初の三か月で任せる業務を決める
・困ったときの相談先を決める
・現場全体で受け入れる空気をつくる
こうした基本的な取り組みで、状況は大きく変わります。
重要なのは制度の立派さではなく、こういった取組が継続して行われるかどうかです。
どれだけ良い仕組みを作っても、現場で運用されなければ意味はありません。採用した人を定着させるには、人事担当者だけでなく、経営者、管理職、現場社員が同じ方向を向く必要があります。
採用とは、会社全体で人を迎え入れる行為です。
「採用しても人が定着しない」
その原因は、採用市場の厳しさ”だけ”ではありません。
応募者の質”だけ”でもありません。
賃金”だけ”でもありません。
会社が、どのような人を求めており、採用者に何を期待しているのか。
採用後にどう育て、誰が支えるのか。
現場は受け入れる準備ができているのか。
これらが整理されていないまま採用を続けても、人手不足は解消しません。
採用は、入口です。
定着は、組織の力です。
人が辞めるたびに求人を出すのではなく、なぜ定着しないのかを見直す。採用活動だけでなく、受け入れ体制、教育、評価、管理職の関与、職場のコミュニケーションまで含めて考える。
そこまで見て初めて、採用は経営課題として扱われます。
人を採ることだけを目的にしてはいけません。
採った人が残り、育ち、会社の力になる状態をつくること。
それが、本来の採用です。
この記事を書いた人

社会保険労務士 / 中小企業診断士
谷中 憲
(たになか あきら)
中小企業にて経営企画部門と総務部門のマネージャーとして組織運営の最前線で実務経験を積む。その後、社会保険労務士および中小企業診断士の資格を取得し、経営・人事・広報の専門知識を体系的に習得。現在は経営・人事オフィス畔を設立し、中小企業の経営課題解決に取り組んでいる。企業の内側に入り込み、現場の実績を深く理解した上で、実務的で実現可能な解決策を提案することを信条としている。

