売上を増やす前に、赤字を止める

業績が悪化すると、多くの経営者は売上を増やそうとします。
新規顧客を開拓する。
広告を増やす。
営業担当者を採用する。
新しい商品やサービスを開発する。
値引きをしてでも受注を確保する。
会社を立て直すために、売上を増やそうと考えること自体は間違いではありません。売上がなければ、利益も資金も生まれないからです。
しかし、業績が悪化している会社が最初に取り組むべきことが、必ずしも売上拡大とは限りません。
赤字が発生する構造を残したまま売上を増やすと、仕事量だけが増え、利益はほとんど増えないことがあります。仕入れや外注費の支払いが先行し、かえって資金繰りが苦しくなることもあります。
売上が増えれば会社が良くなる。
この考え方は、会社の収益構造が正常であることを前提としています。
ところが、すでに業績が悪化している会社では、その前提自体が崩れている可能性があります。
売上を作っても利益が残らない。
忙しくなるほど外注費が増える。
採算の悪い仕事を断れない。
固定費が会社の規模に対して重すぎる。
人員配置が現在の業務量に合っていない。
赤字事業を黒字事業が支えている。
過去に始めた契約やサービスが、そのまま残っている。
この状態で売上だけを増やしても、会社の問題は解決しません。
業績改善の最初の一歩は、売上を増やすことではなく、利益と資金が流出している場所を特定し、赤字の拡大を止めることです。
目次
■ 売上より先に
業績が悪くなると、社内の関心は売上に集中します。
前年より売上が減っている。
営業案件が少ない。
主要顧客からの受注が落ちている。
新規顧客が増えない。
こうした状況を見れば、売上を増やさなければならないと考えるのは自然です。
しかし、売上拡大には時間がかかります。
営業活動を始めても、すぐに受注できるとは限りません。新しい商品を開発しても、市場に受け入れられる保証はありません。広告費を増やしても、問い合わせや契約につながるとは限りません。
一方で、会社からは毎月、確実に資金が出ていきます。
人件費、家賃、借入金返済、外注費、リース料、保守料、システム利用料、顧問料、車両費、通信費。
売上拡大策の効果が出るまでにも、これらの支払いは続きます。
業績悪化局面では、会社が使える時間は無限ではありません。利益が出ていない状態が続けば、預金残高は減少します。借入金で補っても、返済負担が増えます。
だからこそ、まず必要なのは”時間を作ること”です。
毎月の赤字額を減らし、資金流出の速度を落とす。
そのうえで、売上拡大や事業成長に取り組む。
この順番が重要です。
赤字を止めることは、消極的な施策に見えるかもしれません。
しかし、資金が尽きれば、どれほど有望な事業構想があっても実行できません。経営改善に必要な時間を確保するという意味で、赤字を止めることは極めて積極的な経営判断です。
■ 赤字の正体
赤字を止めるためには、まず赤字の原因を分解しなければなりません。
決算書に赤字と表示されていても、その原因は会社ごとに異なります。
売上不足なのか。
粗利益率が低いのか。
固定費が重いのか。
一部の事業が損失を出しているのか。
特定顧客の採算が悪いのか。
外注費や仕入価格が上昇しているのか。
人員配置が業務量に合っていないのか。
赤字という結果だけを見ても、対策は決まりません。
例えば、売上不足が原因であれば、営業強化が必要です。
一方、売上は維持できているのに粗利益率が下がっている場合は、値引き、原価上昇、外注費増加、低採算案件の増加などを確認する必要があります。
粗利益は確保できているのに赤字であれば、販管費や固定費の構造に問題がある可能性があります。
全社では赤字でも、事業別に見れば黒字事業と赤字事業が混在している場合もあります。
顧客別に見ると、売上額の大きい顧客が必ずしも利益に貢献していないこともあります。
売上は大きい。
しかし、値引き要求が強い。
修正や追加対応が多い。
専任担当者を配置している。
入金までの期間が長い。
クレーム対応にも時間がかかる。
これらを含めると、ほとんど利益が残っていないということがあります。
赤字を止めるには、会社全体の数字だけでなく、事業別、部門別、顧客別、商品別に数字を分けて見る必要があります。
どこで利益を生み、どこで利益を失っているのか。
この構造が見えなければ、効果的な改善策は選べません。
■ 一律削減の危険
赤字対策として、すぐに経費削減を始める会社があります。
出張を減らす。
備品購入を制限する。
コピー用紙を節約する。
電気をこまめに消す。
残業を禁止する。
研修費を削る。
採用を停止する。
こうした対応にも一定の効果はあります。
しかし、すべての費用を一律に削るだけでは、業績改善につながらず、むしろ業績をさらに悪化させることがあります。
経費には、会社の価値を生む費用と、生まない費用があります。
顧客に商品やサービスを届けるために必要な費用。
品質を維持するために必要な費用。
営業力を維持するための費用。
人材を育成するための費用。
法令を守るための費用。
経営数字を管理するための費用。
これらまで削れば、短期的には支出が減っても、会社の競争力や管理能力が低下します。
問題は、経費が多いことではありません。
その経費が利益や事業継続に貢献しているかどうかです。
毎月利用しているシステムであっても、業務効率化に大きく貢献しているのであれば、単純に解約すべきではありません。
逆に、一件あたりの金額が小さくても、ほとんど使われていないサービスが複数残っていれば、見直すべきです。
削減すべき費用と、維持すべき費用を分ける。
これが経費削減と経営改善の違いです。
経費削減は支出額を減らす活動です。
経営改善は、限られた資金を、成果につながる場所へ配分し直す活動です。
■ 固定費の重さ
業績悪化企業では、固定費の見直しが重要になります。
固定費とは、売上の増減にかかわらず発生する費用です。
人件費、家賃、役員報酬、リース料、保守契約、顧問料、減価償却費などが代表的です。
固定費の怖さは、毎月自動的に発生することです。
月額10万円の契約であれば、年間120万円です。月額50万円であれば、年間600万円になります。
契約を始めた当時は必要だった。
当時の売上規模には合っていた。
以前は多くの社員が利用していた。
過去には事業上の効果があった。
しかし、会社の規模や事業内容が変わっても、固定費だけが以前のまま残っていることがあります。
売上が減少しているのに、事務所面積は変わっていない。
従業員数が減ったのに、システム契約数が見直されていない。
撤退した事業に関連する契約が残っている。
使っていない設備のリース料を払い続けている。
こうした固定費は、一件ずつでは目立たなくても、合計すると大きな負担になります。
固定費を見直す際には、契約金額だけでなく、解約時期や違約金も確認する必要があります。
今すぐ解約できるのか。
契約更新はいつか。
減額交渉はできるのか。
他の契約に切り替えられるのか。
設備や場所を縮小できるのか。
固定費は、気づいてからすぐに減らせるとは限りません。
だからこそ、資金繰りが限界に近づいてからではなく、業績悪化の初期段階で着手する必要があります。
■ 人件費の見方
人件費は、多くの中小企業にとって最大の固定費です。
そのため、業績が悪化すると、人件費削減が議論されます。
しかし、人件費を人数だけで考えると、判断を誤ります。
- 人が多いのか
- 配置が悪いのか
- 業務量に偏りがあるのか
- 管理職が実務を抱えすぎているのか
- 同じ作業を複数人が行っているのか
- 外注と社内業務が重複しているのか
こうした点を確認する必要があります。
一方の部署では残業が続いているが、別の部署では業務量が減っている。
管理職が現場業務に追われている。
ベテラン社員しか処理できない仕事が多い。
退職者の業務が整理されないまま、他の社員へ上乗せされている。
この状態で単純に人員を減らすと、残った社員に負担が集中します。
業務品質が落ち、納期が遅れ、退職者が増え、外注費が増える。
経営者や管理職が現場対応に戻る。
結果として、削減効果が失われることもあります。
人件費改善では、最初に仕事を見る必要があります。
- どの業務が必要なのか
- どの業務をやめられるのか
- どの業務を標準化できるのか
- どの業務を他部署へ移せるのか
- どの業務を外注すべきなのか
- どの業務は社内に残すべきなのか
そのうえで、必要な人員数と配置を考えます。
人件費削減は、人数を減らすことだけではありません。
- 残業時間を減らす
- 役割の重複をなくす
- 管理階層を見直す
- 業務量に応じて配置を変える
- 外注と内製の範囲を整理する
このような業務設計の見直しも、人件費改善です。
■ 採算の悪い売上
業績改善では、売上の中身も見直さなければなりません。
売上が減ることを恐れるあまり、採算の悪い仕事を抱え続けている会社があります。
価格が低い。
追加作業が多い。
短納期対応が常態化している。
外注費が高い。
専任対応が必要である。
請求までの手続きが複雑である。
入金が遅い。
こうした取引は、売上には計上されます。
しかし、実際には利益や資金をほとんど生んでいない可能性があります。
むしろ、採算の悪い仕事に人員や時間を取られることで、利益率の高い仕事を受けられなくなることもあります。
経営者は、売上を失うことに強い不安を感じます。
長年の取引先だから断れない。
売上規模が大きいから失いたくない。
他の仕事につながるかもしれない。
社員の仕事がなくなるのではないか。
こうした懸念は当然です。
しかし、取引を続けることによって会社全体の赤字が拡大するのであれば、条件の見直しが必要です。
値上げを交渉する。
追加作業を有料化する。
対応範囲を限定する。
納期条件を見直す。
外注方法を変更する。
取引量を縮小する。
すぐに取引を終了するのではなく、まず採算を改善できるかを検討します。
それでも改善できない場合は、取引継続そのものを判断しなければなりません。
売上を守ることと、会社を守ることは同じではありません。
会社を立て直す局面では、売上高よりも、その売上がどれだけ利益と資金を残しているかを見る必要があります。
■ 大きな項目から
経費削減を始めると、見つけやすい小さな支出に意識が向きます。
消耗品費。
交際費。
会議費。
通信費。
新聞や書籍の購読料。
もちろん、不要な支出は見直すべきです。
しかし、会社を立て直すためには、金額の大きい項目から着手する必要があります。
人件費、外注費、仕入原価、賃料、物流費、支払手数料、借入金利息、赤字事業の損失。
これらを数%改善できれば、年間の効果は大きくなります。
一方で、文房具費を半分にしても、会社全体の赤字額に対する影響は限定的です。
小さな支出だけを厳しく管理すると、社員には経費削減を行っている印象が残ります。しかし、損失の主要因には手がついていないということがあります。
重要なのは、削りやすい費用から削ることではありません。
利益改善への影響が大きい項目から、優先的に検討することです。
そのためには、費用を金額順に並べるだけでなく、改善可能性も確認する必要があります。
金額は大きいが、すぐには変更できない費用。
金額は中程度だが、すぐに削減できる費用。
金額は小さいが、複数契約をまとめれば効果が出る費用。
これらを整理し、短期施策と中期施策に分けます。
赤字対策は、思いついた経費を削る作業ではありません。
効果額と実行時期を考えながら、優先順位をつける作業です。
■ 効果を数字で追う
経費削減策を決めても、実際に利益が改善したかを確認しなければ意味がありません。
契約を見直した。
残業を削減した。
外注先を変更した。
値上げ交渉を行った。
赤字案件を整理した。
これらを実施しただけで、改善したつもりになってはいけません。
当初想定していた効果が出ているのか。
実施時期が遅れていないか。
別の費用が増えていないか。
売上や品質に悪影響が出ていないか。
資金繰りに反映されているか。
定期的に確認する必要があります。
例えば、月額30万円の削減策を実施しても、別の外注費が20万円増えれば、実質的な改善額は10万円です。
残業時間を減らしても、納期遅延や外注費増加が発生すれば、会社全体として改善したとは言えません。
経費削減策ごとに、実施内容、開始時期、月額効果、年間効果、担当者を明確にする。
そして、月次の試算表や資金繰り表で実績を確認する。
経費削減は、一度決めて終わるものではありません。
計画し、実行し、数字で検証する必要があります。
数字で追わなければ、削減効果は曖昧になります。
曖昧な改善は、時間の経過とともに元へ戻ります。
■ 削れないもの
業績が悪化しているからといって、すべてを削ればよいわけではありません。
会社を立て直すために必要な機能まで失えば、回復できなくなります。
顧客との関係を維持する営業活動。
商品やサービスの品質管理。
法令遵守や安全管理活動。
必要な人材の育成。
経営数字を把握する管理業務。
将来の売上につながる開発活動。
これらは、短期的には費用として見えます。
しかし、会社の競争力や継続性を支える費用でもあります。
特に業績悪化企業では、管理部門の費用を過度に削ることがあります。
経理担当者を減らす。
月次決算が遅れる。
原価管理をやめる。
顧客別採算を確認しなくなる。
人事労務管理が後回しになる。
すると、会社の状態がさらに見えなくなります。
経営数字が見えなければ、どの施策が有効か判断できません。管理が弱くなれば、請求漏れ、回収遅延、残業増加、法令違反など、新しい問題が発生します。
会社を立て直すためには、削るものと残すものを見極める必要があります。
支出を減らすだけではなく、回復に必要な機能を守る。
これも経営者の重要な判断です。
■ 畔の見方
経営改善のご相談を受けた場合、私は最初から一律の経費削減を提案することはありません。
まず確認するのは、会社の利益構造と資金の流れです。
どの事業が利益を生んでいるのか。
どの部門が損失を出しているのか。
どの顧客の採算が悪いのか。
固定費はいくら必要なのか。
人員と業務量は合っているのか。
毎月いくらの資金が流出しているのか。
これらを整理したうえで、改善効果の大きい項目から優先順位を決めます。
経費削減だけでなく、価格改定、顧客整理、業務縮小、人員配置、外注範囲、組織体制まで含めて検討します。
なぜなら、業績悪化の原因は、一つの経費項目だけにあるとは限らないからです。
売上、原価、人件費、固定費、組織、業務の進め方。
これらは互いに関係しています。
経営改善とは、費用を片端から削ることではありません。
数字を見える化し、会社にとって何を残し、何を変えるべきかを決めることです。
業績が悪化すると、経営者は売上を増やそうとします。
しかし、赤字が発生する構造を残したまま売上を増やしても、利益が残るとは限りません。
仕事量だけが増える。
外注費や仕入れが先に増える。
資金繰りが苦しくなる。
現場が疲弊する。
それでも赤字は止まらない。
このような状態に陥ることがあります。
会社を立て直すためには、最初に赤字の原因を分解する必要があります。
売上不足なのか。
粗利益率の低下なのか。
固定費の重さなのか。
人員配置の問題なのか。
赤字事業や低採算顧客の存在なのか。
原因が違えば、対策も変わります。
一律の経費削減ではなく、利益と資金を流出させている場所を見つける。
改善効果の大きい項目から手をつける。
削減策を実行した後は、数字で効果を確認する。
そして、会社の回復に必要な機能は守る。
赤字を止めることは、後ろ向きな経営ではありません。
会社に残された時間を延ばし、次の施策を実行するための余力を作ることです。
業績改善は、そこから始まります。
この記事を書いた人

社会保険労務士 / 中小企業診断士
谷中 憲
(たになか あきら)
中小企業にて経営企画部門と総務部門のマネージャーとして組織運営の最前線で実務経験を積む。その後、社会保険労務士および中小企業診断士の資格を取得し、経営・人事・広報の専門知識を体系的に習得。現在は経営・人事オフィス畔を設立し、中小企業の経営課題解決に取り組んでいる。企業の内側に入り込み、現場の実績を深く理解した上で、実務的で実現可能な解決策を提案することを信条としている。

