残業を減らしても、会社は良くならない

「残業を減らしたい。」
この相談は、労務管理の現場で非常によく出てきます。
働き方改革への対応。
人件費の抑制。
従業員の健康確保。
採用面での印象改善。
労務リスクの低減。
残業削減には、確かに多くの意味があります。長時間労働を放置してよい会社はありませんし、労働時間の管理ができていない会社は、いずれ必ずどこかで問題を抱えます。
しかし一方で、残業を減らしたからといって、会社が良くなるとは限りません。
むしろ、残業時間だけを無理に削った結果、現場がさらに疲弊することがあります。表面上の労働時間は減っているのに、仕事の負担感は増している。管理職は「早く帰らせなければならない」と焦り、従業員は「仕事は減っていないのに時間だけ削られた」と感じている。
このような状態では、残業削減=単なる数字合わせになってしまいます。
本当に考えるべきなのは、残業時間そのものではありません。
その残業が、なぜ発生しているのか。
会社のどこに無理が生じているのか。
労働時間の使われ方が、経営成果につながっているのか。
そこまで見なければ、残業削減は会社を良くする施策にはなりません。
目次
■ 残業は「原因」ではなく「結果」
まず確認すべきことがあります。
残業は、多くの場合、原因ではありません。結果です。
- 業務量が多い
- 人員配置が偏っている
- 仕事の進め方が悪い
- 判断が遅い
- 会議が多い
- 特定の社員に業務が集中している
- 給与体系の偏り
こうした構造の結果として、残業が発生します。
ところが、残業時間だけを見ると、問題の本質を見誤ります。
「残業が多いから、残業を減らそう」と考える。
一見すると正しいように見えますが、これは熱が出ている人に対して、体温計の数字だけを下げようとするようなものです。
体温が高いことは問題の兆候であり、本当に見るべきなのは、なぜ熱が出ているのかです。
労働時間も同じことが言えます。
残業時間が多いということは、会社のどこかに負荷がかかっていたり、構造上の歪みが生じたりしています。
その正体を確認せずに、単に「早く帰れ」と言っても、問題は解決しません。
仕事は残ります。
責任も残ります。
納期も残ります。
顧客対応も残ります。
圧縮された負荷や歪みは、別の形で表面化します。ミスの増加、品質低下、管理職の疲弊、従業員の不満、隠れ残業、持ち帰り仕事。いずれも、残業時間だけを管理した結果として起こり得る問題です。
■ 「早く帰る」が目的化していないか
残業削減でよく起きる失敗は、「早く帰ること」自体が目的になることです。
もちろん、長時間労働の是正は必要です。
しかし、会社は単に早く帰るために存在しているわけではありません。
顧客に価値を提供する。
売上を上げる。
利益を残す。
従業員が成長する。
組織として継続する。
これらの目的があって、そのうえで適正な労働時間を実現する必要があります。
ところが、残業削減が目的化すると、現場では奇妙なことが起きます。
- 終業時刻が近づくと、仕事が残っていてもパソコンを閉じる
- 翌日に回した仕事が、翌朝さらに重くなる
- 管理職は「残業をつけるな」とは言わないまでも、「残業が多い」とだけ指摘する
- 従業員は、正式な労働時間には計上されない形で、頭の中に仕事を持ち帰る
これでは、会社は良くなりません。
本来、残業削減とは、仕事の進め方を見直すことです。
不要な業務をやめる。
判断の流れを短くする。
役割分担を見直す。
会議の回数や時間を減らす。
資料作成の目的を明確にする。
属人化している業務を標準化する。
こうした取り組みを伴って初めて、労働時間は自然に減っていきます。
早く帰らせることが残業削減ではありません。
早く帰れる状態を作ることが、残業削減です。
この違いを誤ると、制度やルールだけが先行し、現場は疲弊します。
■ 残業が多い部署には理由がある
残業時間を分析すると、会社全体で一律に多いというよりも、特定の部署や特定の人に偏っていることがよくあります。
ある部署だけ残業が多い。
ある管理職の配下だけ労働時間が長い。
ある担当者だけ毎月突出している。
このとき、「あの部署は忙しいから」「あの人は仕事が遅いから」と簡単に片づけてはいけません。
労働時間の偏りは、組織の歪みを示す重要な情報です。
例えば、特定の部署に顧客対応が集中しているのかもしれません。
判断権限がなく、上司確認に時間を取られているのかもしれません。
業務フローの前工程が遅れており、後工程の部署にしわ寄せが来ているのかもしれません。
本来は別の部署が担うべき仕事を、現場感覚のある社員が引き取ってしまっているのかもしれません。
また、特定の人だけ残業が多い場合も、単純に本人の能力の問題とは限りません。
- その人にしか分からない業務がある
- 周囲が頼りすぎている
- 本人が抱え込む性格である
- 管理職が業務配分を見ていない
- 会社として標準化を後回しにしてきた
こうした背景があります。
残業の数字は、単なる労務管理資料ではありません。
組織のどこに負荷が集中しているのかを示す、経営情報です。
だからこそ、残業時間を見るときには、「多い」「少ない」だけで終わらせてはいけません。
- どこで発生しているのか
- なぜ発生しているのか
- 誰に偏っているのか
- それは一時的なものか、構造的なものか
- 経営効果と労働時間は関連付けて説明できるか
ここまで見て初めて、残業時間は経営改善の材料になります。
■ 生産性を見ずに残業だけを減らす危険
残業削減を進めるときに、もう一つ重要なのが生産性の視点です。
労働時間が減っても、成果が同じであれば、生産性は上がります。
しかし、労働時間と同時に成果も下がっているのであれば、それは単に事業活動が縮んだだけです。
ここを見誤ると、会社は確実に弱くなります。
例えば、残業時間は減ったが、
- 顧客への提案量も減った
- 見積対応が遅くなった
- 現場改善に使う時間がなくなった
- 若手を育てる時間も削られた
この状態では、短期的には労務管理が改善したように見えるかもしれませんが、中長期では売上や組織力を落とす可能性があります。
残業削減と生産性向上は、必ずセットで考えるべきです。
そのためには、労働時間を単独で見るのではなく、成果との関係で見る必要があります。
- 売上に対して、どれだけの労働時間が使われているのか
- 粗利に対して、どれだけの人員工数が投入されているのか
- 利益を生まない業務に、どれだけの時間が使われているのか
- 管理職は、付加価値の高い判断に時間を使えているのか
こうした問いが必要です。
特に中小企業では、人員に余裕がありません。誰かの時間が無駄に使われているということは、別の重要な仕事が後回しになっているということです。
残業削減は、限られた労働時間を、どこに使うのかを決め直す取り組みです。
その意味では、残業削減は人事労務の問題であると同時に、経営戦略の問題でもあります。
■ 管理職に丸投げしても残業は減らない
残業削減の場面で、管理職に対して「部下の残業を減らしてください」と指示する会社は多いです。
しかし、それだけでは絶対にうまくいきません。
なぜなら、管理職自身が、残業を減らせるだけの権限や情報を持っていないことが多いからです。
人員配置を変えられない。
業務量を調整できない。
顧客との納期交渉もできない。
他部署に協力を求める権限も弱い。
一方で、部下の残業時間だけは管理しなければならないとなると、必然的に管理職は板挟みになります。
結果として、管理職は部下に「早く帰れ」と言うしかなくなります。
しかし、部下からすれば「仕事は減っていないのに、時間だけ減らせと言われている」と感じます。
この状態が続くと、管理職と部下の信頼関係も悪化します。
本当に必要なのは、管理職に残業削減を丸投げすることではありません。
会社として、管理職が業務を調整できる状態を作ることです。
- 業務量の見える化
- 部署間の業務分担や連携方法の見直し
- 繁忙期の応援体制
- 顧客対応ルールの整理
- 会議や資料作成の削減(70点ルールなど)
- 属人業務の標準化
こうした会社全体の設計がなければ、現場管理職だけで残業を減らすことはできません。
管理職に必要なのは、精神論ではなく、判断材料と権限です。
その両方がないまま責任だけを負わせれば、管理職自身が疲弊します。
そして管理職が疲弊すれば、組織全体の実行力は落ちます。
■ 労務リスクだけを見ても不十分
社労士の立場から見れば、残業時間の管理は当然重要です。
- 労働時間を正しく把握する
- 割増賃金を適正に支払う
- 長時間労働による健康リスクを防ぐ
- 法令違反や労務トラブルを未然に防ぐ
これらは会社として必ず押さえるべき事項です。
しかし、畔としては、そこだけを見ていては不十分だと考えています。
なぜなら、労務リスクを減らすだけでは、会社は強くならないからです。
もちろん、リスク管理は必要です。
しかし経営者が本当に知りたいのは、「どうすれば会社が良くなるのか」です。
残業時間を減らすことで、現場は楽になるのか。
利益率は改善するのか。
管理職は機能するのか。
若手は育つのか。
顧客対応の品質は維持できるのか。
ここまで考えなければ、残業削減は単なる労務管理で終わります。
- どの業務が価値を生んでいるのか
- どの業務が惰性で残っているのか
- どこに判断の滞留があるのか
- どの部署に負荷が偏っているのか
- どの管理職が抱え込んでいるのか
これらを確認することで、会社の構造が見えてきます。
つまり、残業削減とは、労務管理の入口であり、経営改善の入口でもあるのです。
■ 残業削減で最初に見るべきもの
では、残業を減らしたい会社は、何から始めるべきでしょうか。
最初に見るべきなのは、制度ではありません。
勤怠システムでもありません。
ノー残業デーでもありません。
まず見るべきなのは、労働時間の分布です。
全社でどれくらい残業があるのか。
部署別ではどうか。
個人別ではどうか。
特定の時期に集中しているのか。
毎月同じ人に偏っているのか。
売上や粗利との関係はどうなっているのか。
これを見るだけでも、かなり多くのことが分かります。
次に見るべきなのは、業務の中身です。
その残業は、顧客価値につながっているのか。
売上や利益に結びついているのか。
単なる社内調整や確認作業に使われていないか。
手戻りや二重入力、不要な資料作成に時間を取られていないか。
ここまで見ると、残業削減の方向性が変わります。
「早く帰りましょう」ではなく、
「この業務をやめましょう」
「この判断を前倒ししましょう」
「この資料は簡素化しましょう」
「この業務は別の担当に移しましょう」
という具体策になります。
残業削減は、掛け声では進みません。
業務そのものに手を入れなければ、実効性は出ません。
そして、業務に手を入れるためには、労務管理だけでなく、経営管理と組織設計の視点が必要です。
■ 仕事の設計を変える
残業削減に成功している会社は、単に社員に早く帰るよう促しているわけではありません。
仕事の設計を変えています。
例えば、
判断権限を現場に近づける。
会議の目的を明確にする。
資料作成の量を減らす。
繁忙期だけ応援体制を組む。
属人化した業務を標準化する。
顧客対応のルールを整える。
管理職が業務量を調整できるようにする。
こうした地味な取り組みの積み重ねです。
派手な制度ではありませんが、実務ではこの地味な整理が最も効きます。
残業は、社員の努力不足だけで発生しているわけではありません。
会社の仕事の設計が、残業を生んでいることがあります。
だからこそ、残業を減らすには、会社の側も変わらなければなりません。
本当に必要なのは、労働時間を減らすことではなく、同じ時間でより価値のある仕事ができる状態を作ることです。
その状態ができれば、残業は自然に減っていきます。
そして、会社の生産性も上がります。
残業過多は、会社の問題が表に出た結果です。
業務量、人員配置、判断の遅れ、属人化、会議、管理職の機能不全…
そうした要因が積み重なって、労働時間として表れます。
だからこそ、残業削減は単なる労務管理で終わらせてはいけません。
労働時間を入り口にして、仕事の流れを見る。
そこから仕事の設計改革を進めて初めて、残業削減は経営改善になります。
限られた時間で、より価値のある仕事ができる会社に変えること。
それが、本来の残業削減です。
この記事を書いた人

社会保険労務士 / 中小企業診断士
谷中 憲
(たになか あきら)
中小企業にて経営企画部門と総務部門のマネージャーとして組織運営の最前線で実務経験を積む。その後、社会保険労務士および中小企業診断士の資格を取得し、経営・人事・広報の専門知識を体系的に習得。現在は経営・人事オフィス畔を設立し、中小企業の経営課題解決に取り組んでいる。企業の内側に入り込み、現場の実績を深く理解した上で、実務的で実現可能な解決策を提案することを信条としている。

